奄美大島でダイビング、シーカヤック、マリンスポーツ、親子で海遊び、ビーチBBQ、観光ガイド、マングローブツアーはおまかせ

プロフィール

プロフィール

オーナーインストラクターの生い立ちを紹介いたします。
マリンサービスの経歴
‘58-33.7.25 ヨロン島に生まれる
‘78-53.3.31 国立鹿児島工業高等専門学校卒業 土木工学科
‘79-54.4. ヨロン島観光協会事務局長
‘80-55.3. 海開き 沖縄ヨロンウィンドレース全国大会開催
7. ウィンドサーフィンスクール  南西諸島初
与論ー沖永良部ウィンド横断約40km

‘81-56.4. マリンサービス設立
          旅行会社、大手広告代理店と提携し、各種ツアー、イベントを実施
          JUNONヨロンクルーズ船上マリン講師、ポカリスエットWSF大会、シンビーノマリンスクールなど
‘87-62.4. (株)ヨロンプリシアリゾート ウィンドスクールを受託
      勤務中の海の事故により同社に入社
‘88-63.4. マリン課長になる
‘89-H元.  売り上げ約6倍増の186,000,000円を達成
‘90-02.  プリシアの海開きイベント開催、ウィンド大会開催
         日本初冬場のウィンドツアーを実現
         ワールドカッパーの合宿誘致
‘91-03.3.同社を退社
6.マリンサービスコンサルタント設立
‘92-04.4.(株)日本酸素のリゾート開発事業部と提携
         奄美から石垣までマリンサービス展開の企画段階より参画
‘93-05.  旧巡視船あまみをダイビングポイントへ
与論町で買い取り沖に沈めるとともにダイビングフェスティバルを企画開催
ヨロン町へダイビングポイント海中モニュメントを企画提案実現
その間、家業の土産品店、喫茶店、宴会場、スーパーの仕事に携わる。
‘94-06飛行機の小型化にともない活動拠点を奄美に移転
コンサル時代に南西諸島の各島を調査済みで大手参入と競合激化を考慮して決定した。
‘95-07ばしゃ山村とカレッタハウスのマリンサービスを受託営業。
‘96-08奄美の旅行パンフレットのイメージを変えるべく(株)ばしゃ山村へマリンサービスの自社運営を提案実現。奄美の客層の拡大がJASの施策もあって実現。若者が増えてきた。
‘97-09マリンスポーツ王国として施設を構える。
‘99-11土地の売買トラブルで倒産
‘00-12現在地へ引越し
社会貢献活動
H12    当地に移住
 13
 14
H15. 4 笠利町前肥田駐在員 集落区長
       健康づくり推進委員
     5 笠利町社会福祉協議会評議員
     7 手花部小学校評議員
     9 手花部小学校マリンスポーツ体験講師
 16. 4 上記各委員 再任
12 笠利町基幹型、地域型在宅介護支援センター相談協力員
       民生委員、児童委員
 17. 4 上記各委員 再任
奄美農業協同組合笠利支所運営委員
     6 笠利町介護保険事業計画策定委員
       校区体育協会長
 18. 4 上記各委員 再任
奄美市行政改革推進委員会委員
 19. 4 上記各委員 再任
 20. 3 上記各委員 退任
     4 民生委員、児童委員留任
       マリンスポーツ講師継続
奄美市笠利町地域自治区地域協議会委員
     7 奄美市行革推進委員 再任
    11 奄美市総合計画策定委員会委員
 21. 3 奄美市総合計画審議委員
 21. 7 回収CO2によるウニ養殖実証試験がふるさと財団に認定
 22.   養殖の試験と装置の改良
       夏休みの子供向けマリンスクールを実施

 22. 4 奄美市笠利町地域自治区地域協議会委員再任
       校区体育協会長
 22. 8 奄美市庁舎検討委員会委員
 22.10 奄美市行政改革推進委員会委員再任
    11 地域活性化を図るNPOシーサイドてけぶ設立
 23. 2 特定環境保全下水道事業推進協議会委員
 23.10 奄美群島UIOターン支援協議会委員コーディネーター
 23.11 「道の駅」奄美 人 もの交流プラザ設立委員
 24. 6   笠利湾の浮泥・沈殿泥(赤土)除去実証試験が奄美市のきょらの郷事業に認定

 この間父親が脳梗塞で一級障害者となり両親を見ながら借金を整理しながら現在の施設を手作りしてきた。

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